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「ちょ、ちょっと待って、望遠レンズに付け替えるから」
屋上からの撮影なんて、はじめてのシチュエーションだったから、少し、あたふたとしてしまう。なんとかレンズを付け替え、カメラを構えて慌ててフェンスから身を乗り出した――と、
「うあっ、これ――」
予想以上に。
「なにやってんの? いくよ」
「ちょ、ちょっと待って!」だってこれ。
重かった。
ガイドブックの通り、右手でシャッターが押せるようにカメラを持ち、手袋をした左手で無理にレンズの底を支えるようにする。ファインダーを覗き、額にカメラを押し当て、右手、左手と合わせて三点で固定するように構えるのだけれど、フェンスから身を乗り出して、下向きに構えた瞬間、宇宙の法則に引っ張られた。重さ約500グラムのボディーに、望遠レンズの重さが加わって、三点固定なんてとてもできたもんじゃない。
それでもなんとか腕力に物をいわせて、強引に額にカメラを押し付け、脇を締めてターゲットにピントを合わせようとするんだけど……。
「ああ、もう! やるからね?」
無情にも真弓の口からタイムアップの宣告。
くそう……。
レンズの向こうでは、ピントのずれたぼやけたターゲットがゆらゆらするばかりだった。
「せーの、オオカミが出たぞおおおお!」
真弓の突拍子も、脈絡も、一貫性もない、その場の思いつきとしか思えない声が、晴天の空にこだました。グラウンドにいた生徒も、教師も、もちろん、レンズ越しのぼやけた彼女も、一斉に僕たちのいる屋上を見上げる。
「ああっ、くそ」
半ばやけくそ。
ひょっとしたら何かの奇跡が起こって、ピントが合ってくれるんじゃないかと淡い期待を抱くことさえ放棄して、僕はカメラのシャッターを切った。
うん。ダメだ。これはダメだ。
むしろ清々しさすら覚える。
「ね? 撮れた? 撮れたよね? それじゃ、てっしゅー。逃げろー」
真弓……残念ながら、期待に答えることはできないみたいだ。
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