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杉戸日乃は、美術系の大学に通う三年生だ。専攻は絵画。
美大生といっても、彼女には特段将来の目標・目的があるわけではない。『勉強するのが面倒だし、絵なら苦手でもないし』という、明確な意志のもとに学ぶ美大生が聞いたら憤慨しそうな理由で選んだのだ(そして運が良いのか悪いのか、受かってしまった)。このコースを専攻しているのも、絵が得意かというより、『美術って言ったら絵画でしょ!』という安易な考えで選んだ結果である事が大きい。
美大に来る学生の多くは、将来の夢であったり単純な趣味であったりと、大小あれど何らかの思いを持って励む者たちだろう。だが彼女にはそれが一切ないのだ。加えて、彼女は普段からいつもジャージ姿であったり、地面に転がって昼寝していたりと、常にマイペースを崩さない。そのため、比較的個性的な人間の集まる美大においてさえ〝変わり者〟とされ、距離を置かれていた。
そんな環境にあって、唯一彼女を敬遠しない人物こそが真木成時であった。学部は違うが同期で、共通の授業で何度かペアを組むことがあり、やがて彼女の型破りな性格(と彼には映ったらしい)に惹かれていた。その後は紆余曲折という程の事もなく順調に交際を始め、現在に至る。要は、杉戸の彼氏に当たる人物だ。
杉戸自身は、決して今の生活が嫌いではなかった。
目的らしい目的がないとは言え、学生として無意味では有り得ない日々を過ごせているし、そっけないながらも彼氏は優しい。何も求めない者に与えられるには過ぎた環境だ。不満を漏らすのは失礼だろう。
だが一方で、大きな目的もなく代わり映えのしない日々に、刺激を求める気持ちがないわけではなかった。なかったが、だからといって具体的に何をしたいのか、何を求めているのか、彼女には分からない。故に、何も変わることなく日々は過ぎていく。その消化に甘んじるだけの自分に嫌気がさしていた。
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