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しばらく走り続け、少し落ち着きを取り戻した杉戸は、両手を膝に着きながら、大きく肩で息をした。
「はっ、はっ、はっ……うっ、ゲホッ……」
大学に入って以来、まともな運動をしていない杉戸にこれは辛い。だが激しい運動がかえって心を落ち着かせた。これがアドレナリンの力だろうか。
杉戸は濡れて垂れてきた前髪を無造作に払いのけると、周囲の様子を窺った。
そして、絶望した。あれだけ走ったというのに、まだ自分は橋の上にいる。絶対に普通じゃない。杉戸は諦めざるを得なかった。
「落ち着いたか? 全く、急に逃げ出すとは随分と失礼な嬢ちゃんだな」
再び声がする。先ほど杉戸を狂乱に陥れたその声だ。杉戸は再び驚いたが、今度は逃げる気力も起こらず、へたへたと濡れた橋へと尻を着いた。
恐る恐る、声の方へと目を向ける。そこには老齢に近いと思わしき男性の姿があった。この暗さでもはっきりとわかる、皺のくっきり浮かぶ顔に、白髪交じりのボサボサの髪。浮浪者然とした出で立ちだが、何か凄みのような、強い存在感を放つ男だった。
「よ、妖怪……? ぬらりひょん?」
「馬鹿、そんなんじゃねえ。それも何故ぬらりひょん限定なんだ」
「じゃあ子泣き爺?」
「じゃあ、ってどういうことだ。妖怪から離れな」
失礼は承知で、本当に妖怪なのではとすら思った杉戸だったが、とりあえず黙ることにした。
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