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戦闘服を着た男が、透明な柱の中で血まみれになっていた。
「殺してくれ」
スコープ越しに見える口の動きはそう言っているようにしか彼には見えなかった。
照準を心臓に合わせて、距離を頭の中で計算する。そうしている最中でも彼の目は口の動きばかり見ていた。引き金を引く。うなだれる頭。死亡したのを確認してその場を離れる。
これが八尋速人が繰り返し観る夢の内容だった。たったこれだけ。今朝もこの夢で目覚めた。
くそっ、いつまでこいつがつきまとうんだ。汗がびっしょりのシャツに気がつきながら速人は布団から出た。すぐに起きないとまた一日中、考え続けることになる。また何もしない一日になる。
汗に濡れたシャツを無造作に脱ぎ捨てる。均整のとれた体と、左腕の裂傷とその上にあるタトゥーが露わになる。新しいTシャツを探し、部屋の中を見回してみるとまた暗澹とした気分になった。元来、速人はきれい好きな方だった。これほど自分の部屋が荒れ果てているのは今が初めてだなと思う。時計を見ると十時近い。
ここ数ヶ月は彼にとってひどい時期だった。クラブ戦役から帰還して、英雄扱いされて各地でお偉いさんと握手し、ただ座ってるだけの講演やら何やら色々と引き回された。自分が英雄なんかじゃないことを誰よりも知っている速人には拷問に近い物だった。そのうち精神をやられ、強迫性障害やら鬱病やら、今までの自分では考えられないような病気になったりした。心療内科での受診、カウンセリング。何事も一度はやってみろ、とよく言うけれど経験なんかない方がいいに決まってる事柄はたくさんある。
そしてある日、必然としか言いようがないのだけれど、退役が決まった。彼の所属していた日本国海兵隊、通称J・M・C(Japan Marine Corps)の上司は、彼が隊に残れるように色々と手を尽くしてくれたが本人が無気力状態では手の打ちようがなかった。その頃には病状も一番ひどくなり、周囲の人間のみならず、自分自身ですらおのれをもてあますようになった。そして最終的にある事件を引き起こし除隊が決定したのだ。
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