第1話

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 福永達也は大財閥である福永コンツェルンの末息子だった。兄が二人、姉が二人いる。一番上の兄とは一回り以上、年が離れているのもあって両親から大分愛されて育ったらしい。だが金持ちにありがちな嫌みさはなく、むしろそれがいい方に影響した数少ない実例だった。大らかで人に優しく、俗に言う器量が大きい人間なのだ。兄弟もそろって立派な人物らしいので福永家の教育は大成功と言える。 「家に頼りたくないだって? そんなこと初耳だぞ。大体、自分の家なんだから別にいいじゃないか。どんどん頼れよ。親父さんだってその方が嬉しいだろ」  速人は一度だけ達也の父親に会ったことがあった。  ある事件を起こし、その後始末を達也の父親がしてくれたのだ。もちろん速人が頼んだわけではないが、それでも一言お礼を言いたくて彼の家へ赴いたのだった。  その時、速人が思ったことは一つ。金持ちが嫌なやつだって思い込むのはやめよう。 「初耳だとは思うよ。初めて言ったから。別に変な意味じゃないんだ。家は好きだし、親父も尊敬してる。だけど俺もたまには自分の力で仕事を探して働いてみたいんだよ。まあ金持ちの息子の思いつきってやつさ」  幾分かは本心が入ってるとは思うが、それを額面通りに受け取るほど速人は頭の回転が鈍くなっていなかった。医者に色々な薬を飲まされ、悪夢に悩まされ続けても。  速人は友人の優しさを素直に受け入れる事に決めた。  そうと決まればやることは早いほうがいい。採用されれば、四月からは会社員。それも悪くない。 「で、こいつはネットから申し込みができるのか?」  達也がニヤッと笑みを浮かべ、PCの起動スイッチに手を伸ばした。
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