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そういえば五十嵐は折に触れて小さなプレゼントを秋良や他の乗務員に用意していたっけ。女性が好きそうな品を選ぶのが上手で、男性には珍しく気配りに長けていた。同僚達の受けもよかった。
手紙をバッグにしまって「さあ」と立ち上がりながら自分にひと声。
あとは帰宅するだけだ。普段ならここで「お疲れさま」と声をかけて出る。けれど、今日はロッカーの中身が空かどうか、忘れ物がないかどうかを確認し、扉から名札を外した。そして普段より少し多めの荷物を抱えていた。
明日の入社式には参列するよう指示が出ている。その時にはもう、客室乗務員の肩書きはない。制服を着ることもない。
すれ違う同僚達に挨拶をし、出口へ向かう道すがら、かつて乗務を共にした仲間達に何度も声をかけられ、足を止めた。
「先輩、本当にいなくなってしまうんですか」
後輩達は半泣きになっている。「お化粧が落ちてしまうわよ」と口にして、かつて自分も今目の前にいる彼女たちのように去って行く先輩を引き留め、同じことを言われたことを思い出す。
「会社を辞めるわけではないから。また会える。これからはあなたたちを後ろから支えるわ、だから、安心して飛んでね」
笑顔でひとりひとりに答えて、別れを告げた。
大きな花束と小さなフラワーバスケットを抱えて、秋良の、客室乗務員最後の乗務は終わった。
これが最後という日は、もっと感傷的になるかと思っていた。
でも、日常の延長上に終わりが添えられているだけなのだ。
きっと自分の中で区切りがついたから、切り分けができたから淡々と過ごせるのだと思いたい。
もし……辛くて暴れたくなったらどうしよう。
誰かを傷付けずに過ごせるのだろうか。
秋良は振り返り空を見上げる。
今、まさに飛び立とうとする旅客機が、暗闇の中、わずかな表示灯の明かりと共に駆け抜けていた。
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