暗闇

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最後に父親の顔を見たのは十一歳の誕生日を迎えた次の日だった。 そこは高等区画から離れたスラムのドブ川で、僕は父さんに後頭部を掴まれたまま水面に顔を押し付けられていた。 どす黒い液体が鼻から口から侵入してくる。ヘドロとゴミで川底なんて見えない。初春の冷たさで身体が凍きそうになるそれに、いつも以上の危険を感じた。 もがけばもがくほど父さんは強く深く沈めてくる。僕の細い腕ではどうすることもできない。二日くらい満足に食べてないのも理由かもしれない。 最後に食べたのはネズミの死骸だった。持っていた錆びれたナイフで肉を手際よく剥ぎ取って、直ぐに口の中に収める。僕の数少ない特技だ。早くやらないと他の奴に取られてしまうから。 意識が遠のいてきた。方向感覚が反転して上下左右が分からなくなる。流れる川の冷たさも、臭いも分からなくなる。 死ぬって思った。この人は本気で僕を殺しにかかっている。 どうして? なんて考える意味はない。ここはそういうところだ。強いものが弱いものを殺す。 父さんは気に入らないことがあると僕をよく叱った。殴られたりするのは良い方で、一週間崩れかけた蔵に後手を縛られて放置されたこともある。それも自力で縄を解いて助かっただけだけど。
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