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今度は何で怒らせてしまったのだろう。
僕は鈍った思考で、ぼんやりとそんなことを考えていた。
従うだけ。
『この世の法則は、強さが正義で弱さが悪。人は常にどちらか2つでしかない』
僕が唯一父さんから習った言葉。
そうか。
と。
この灰色の街で皆死にゆくのだ。
覚悟というには十分じゃないけど、僕は身体の力を抜く。いや、抜けたのかもしれない。どっちにしろ変わらない。
意識が暗闇の中に落ちようとするとき、不意に僕の頭を抑えていた父さんの手から力が抜けた。
瞬間、腕に力が戻る。
水面から顔を上げて呼吸を求めた。飲み込んだ液体を吐き出す。
父さんが許してくれたのか?
束の間、視界がはっきりしないうちに僕の目が捕らえたのは父さんの隣に立つ影。
そして父さんの形をした影が倒れた。
「可愛い顔してるじゃねえか。もったいねえ」
男の声だった。不快感の塊のような薄気味悪い引きつった声。
片方の手には割れたビン。紅く血が滴っている。
僕の濁った視界でそいつは笑う。無精髭にたるんだ頬の肉。汚れた白シャツ一枚に擦り切れたジーンズ。
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