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子犬を拾ったその日から、世話をするのは幸子の役目となった。
少女は必死だ。厳しい父と、父の言うことは絶対で全て丸まま受け入れる母のこと、少しでもしくじると仔犬がどんな目にあうかわからない。
台所のお勝手口にある木箱で作った即製の寝床で、きゅうきゅう鳴く仔犬をおとなしくさせようと、毎晩布団を持って来て付き添うように寝た。
「おとなしくするのよ、いい子にしてね」
少女の言いつけをそのまま受け取るとは思えなかったが、仔犬は賢かった。粗相も少なく、無駄吠えもしなかった。
「お前はコロよ。丸くてころんとしているからね」
コロと名付けられた犬は主の手を、顔を舐めて全身で喜びを表した。
コロコロしてムク毛を持つ犬はあっという間に成長した。食べる量も増えた。けれど、幸子の食卓から、おかずが減ることはなかった。
きちんとコロの分、取り分けられたエサがあったからだ。
朝をコロと共に散歩し、女学校からの帰宅を迎えるコロと遊び、温かいコロと一緒に眠った。
しあわせの何たるかが良くわかっていない幸子にとって、犬と過ごす日々は大切なものだった。
いつでも話を聞くよ、という目で彼女を見上げる犬からは一片の曇りもない好意以外なかったから。
親からも祖父母からも丸抱えするように愛でられた記憶がなかったから、犬のあたたかさはとても染みた。足りない何かをもたらされている気がした。
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