第四話 思いは何処へ向かう

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 佐々木はベッドを囲むように取り付けてあるカーテンを掴むと自分と舞花を覆った。その一瞬で唇を重ねる。ほんの一瞬、触れるか触れないかのキス。それでも舞花の胸は高鳴った。 「私は……ちゃんと責任取をります」  舞花は挑むように声を上げる。佐々木は笑った。 「今のが責任じゃお前はまだまだ甘いな。このまま言い合っててもきりがねぇ。俺が戻る前に帰る準備しとけよ」  佐々木は保健室からで出ていった。きっと職員室に荷物を取りに行くのだ。 「いつまで、私は子ども扱いなんだろう。私は早く……大きくなりたい、兄さんに少しでも近付きたいよ」  悔しさに流す涙は一番嫌いだ。自分が惨めとしか思えない。なぜそれを認めなきゃいけない。これなら……悲しみの涙の方が何倍もましだ。  舞花は悔しさを振り払うように首を振った 「いつか、いつか絶対に……追いついてみせる」  舞花が密かにそんな決意を胸に刻んだとき、佐々木もまた同様に心を乱されていた。 「何であいつは、そうも早く大人になろうとするんだ。こっちがついていけなくなるだろ。だけど、下手に子ども扱いすると傷つける。……頼むからそれ以上大きくなるなよ、俺が酷く小さく見えるだろうが」  誰もいない廊下の片隅で、佐々木は拳を壁にぶつけた。  もう一人、忘れてはいけない人が。  その人は佐々木と別れると舞花の自転車を駐輪場に入れ、更衣室に向かった。軽く濡れた髪と制服を持っていたスポーツタオルで拭く。脱ぎ捨ててきた袴に着替えて道場に戻る。まだ部活が終わるまでに三十分くらいあった。 「あ、一斗! お前どこ行ってたんだ。顧問の佐々木先生も、部長の一斗も、副部長の舞花もみんな消えちゃってさぁ……。さっき佐々木先生戻ってきたかと思ったら千里連れてまたどっか行っちゃうし」 「まぁ……色々あるんだよ。また今度詳しく話す。それより今は部活優先だ。何やってる?」 「自稽古、まぁ終盤だしな」  一斗も頷く。いい判断だと思っているのだろう。 「じゃあ終わったら俺と試合しよう。一年に見せる。夏休みには新人戦もあるからな、雰囲気に慣れさせる」 「了解」  あんなことがあってすぐによく部活なんで出来るものだ。いや、寧ろ何かしていなくては落ち着かないのだろう。  佐々木のあの強さを目の当たりにし、それは少なからず一斗にも影響を与えた。  俺も、舞花を守れるくらい強く。
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