第五話 小さな幸せと果てなき想い

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「別に驚かすつもりはない。というか、お前が先に俺の名前を呼んだんだろ。気付いてないのか?」  舞花はうそ……と呟いて思考を巡らせる。そして思い出す。 「私声に出してたんだ、うわぁ恥ずかしい」  どうやら知らなかったようだ、自分が一斗の名を呼んでいたことを。舞花は頭を抱えて机に突っ伏した。腕の隙間から少しだけ覗く顔が赤いのは気のせいではなさそうだ。 「珍しいな、舞花が無意識に言葉を発したり俺がいることに気付かなかったり」 「うるさい、本に夢中だったのよ。私だって常に周りの気を感じてるわけじゃないの」 「本、読んでなかっただろ。捲ってただけ」 「ち、違うわよ! 速読よ!」 「お前は熟読派だろ」 「えっとそれは……もう読み終わった本だから簡単に内容を確認しようかと」 「そんなこと本当はしないだろ」 「……この本が伝えたいことを自分なりに思索してた」 「で? 真偽の程は」  舞花は余計に小さくなる。顔はもう見えないが、ふてているのは一目瞭然だ。小さな声が聞こえる。 「半分ほんとで半分嘘」  一斗ははぁと息を吐く。 「ほんとの部分は例えばどこだ」 「内容を思い出してたとこ」 「ほとんど嘘じゃないか」  舞花は黙り込む。少し震えているのは悔しさからか怒りからか。ゆっくりと顔を上げ一斗を睨む。 「うるっさいわね……私が嘘吐いちゃいけないって誰が決めたの!? 大体、口げんかなら私に勝てると思ってるんだろうけど、今回はたまたま油断してたからよ。普段だったらこうはいかないから、分かった?」 「はいはい分かってるよ。で、いつもは油断していない舞花が今日に限って油断していたわけは?」 「一斗には関係ない」 「俺の名前を呼んどきながら?」 「それとこれとは話が違う」 「違わないだろ」  その時二人の肩に同時に手が乗った。見るとそこには春樹がいる。 「どうしたんだ? お前らが喧嘩なんて珍しいな、なにかあったか?」 「春樹には関係ない」  二人同時に言われ春樹は半泣きでその場に丸くなった。舞花は慌てて春樹を慰める。 「ごめん春樹、そんなつもりで言ったんじゃなくて、ごめんね! 喧嘩は、そのー私が読んでた小説に出てきた人が一斗に似てて、思わず一斗の名前呼んじゃって、それでまぁ言い争いになっちゃって。春樹は悪くないから泣くなぁ」  舞花はしおれている春樹の頭を撫でた。そして一斗を見る。
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