第五話 小さな幸せと果てなき想い

10/58
前へ
/123ページ
次へ
「仲が良いなぁあの二人は。もう私がしてあげられることはなさそうね」  二人が見えなくなるまで見送った後、くるりと方向を変えて職員室に向かった。 「失礼します。佐々木先生はいらっしゃいますか?」  職員室のドアを潜ると、中には数人の先生方が机に向かって何やら仕事をしていた。テスト前だからどの先生も忙しいのだろう。仕事が終わるとさっさと家に帰っていく。佐々木もパソコンに向かってせわしなくキーボードを叩いていた。  邪魔しちゃ悪いよな、と様子を伺っていると、背中から声がかかった。 「どうしました? 伊乃上さん」  振り返るとそこには白衣を着た松島が立っていた。舞花は慌てて頭を下げる。 「すみません! 気付かなくて。えっと、佐々木先生を待っているんです」 「ああ佐々木先生ね。ちょっと待っていて下さい、呼んであげますよ」  松島は一歩踏みだしかけて、舞花を振り向く。 「そういえば、もう体調は大丈夫ですか?」 「あ、はい。お陰様で……元気一杯です」 「それはよかった」  松島は再び歩きだし佐々木の元へ行き、少し言葉を交わすと佐々木が立ち上がり舞花の方へ来た。 「悪いな、後少しで仕事が片付くんだ。ちょっと待っててくれないか」 「分かった。エレベーターホールにいるよ」 「ああ、すまん」  佐々木は舞花に手を合わせて軽く頭を下げると、早足に自席に戻ってまたキーボードを叩き始めた。舞花もさっさと職員室を出て少し廊下を歩き、エレベーターの前にある空間に幾つか並べられた椅子の一つに腰掛けた。  鞄から英単語帳を取り出しペラペラと捲る。時折指を動かして確かめたりもしている。よくこんなところで集中出来るものだ。気温だって、空調管理が行き届いた室内に比べると少し高い。舞花の頬を汗が伝った。だがそんなことおかまいなしに舞花は単語を覚えページを捲る。  数十分後。太陽も段々と西に沈みかけ辺りが暗くなり始めた時、舞花はふと顔を上げた。目には佐々木が映る。 「お疲れ様、仕事終わった?」 「なんとかな。悪かったな待たせて」 「ううん、全然平然。早く帰ろう」  単語帳を鞄に丁寧にしまい立ち上がた。前髪から水滴が散る。佐々木は少し怪訝な顔をした。 「舞花、凄い汗だぞ」 「え、うそ、全然気が付かなかった。ほんとだすごい汗」  ハンカチを取り出し軽く額を拭う。 「凄い集中力だな。普通は汗かいてたら気になるぞ」
/123ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加