第五話 小さな幸せと果てなき想い

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「そんなことないって。私なんかまだまだだよ」  舞花がへへっと笑って歩きだすのに佐々木はついていきながらも心底驚いていた。舞花は昔から集中力がすごかったが、最近は特に良いことに気付いていたのだ。それは教師としても顧問としてもとても嬉しいことなのだが……。  佐々木は苦虫を噛み潰す。  これはもしかしたら、不味い方向に向かっているのではないか。ここのところ急速に集中力が上がったのは、もしかしたら舞花の両親の死が関係しているのでは。もし別のことを一生懸命頑張ることによって両親のことを考えまいとしていたてしたら。  ……かなりやばい。  佐々木の額を汗が伝う。決して暑いからではない、むしろ寒いくらいだ。 「佐々木先生、何怖い顔して突っ立ってるの? 早く帰ろうよ」  舞花の明るい声に佐々木は深い思想の海から引き戻される。 「悪い、ちょっと疲れてるのかもしれない」 「この時期の先生はみんな大変そうだからね。家ではゆっくりした方がいいよ」 「そうだな、そうするよ」  ああ今だけは、この愛しい声に、縋っていたい。 「舞花ー、風呂空いたぞ……舞花?」  佐々木は風呂から上がり、ダイニングにいる舞花に声を掛けたが返事が返ってこない。少し怪訝に思いながらダイニングに入ると、そこには図書館にいた時よりも真剣な表情で勉強をする舞花がいた。周りの音が耳には入らないくらい集中しているようだ。何やら難しい問題を解いている。  佐々木は邪魔をしないようにそっと近付き、見守った。きりがつくまで待つようだ。少しして舞花はペンを置き、伸びをした。 「んーやっと終わったぁ。あれ、兄さん! いつの間にそこにいたの」  舞花は佐々木と目が合い、半ば驚きながらもそう尋ねる。本当に全く気付いていなかったようだ。 「少し前から、随分と集中してたみたいだから邪魔しちゃ悪いと思ってな。風呂、入れよ」 「あ、うん。了解」  手際よく勉強用具を片付ける舞花を見て、佐々木はそれにしても、と口を開く。 「お前、よくそんなに勉強出来るな。普段から予習復習は欠かさないし、今日は図書館でも勉強してきたんだろ。そんなにすることあるか?」  舞花は振り返って恥ずかしそうに微笑んだ。
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