相違

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ラクターは、俺の差し出した『翼の神』を受け取りながら、尋ねてきた。 「あれ? この絵本は?」 「ノエルから借りていた本なんだ もう読んだから、ついでに返しておこうと思ってな」 「そうですか! でも、どうして直接お姉ちゃんに渡さないんですか?」 …………。 ごもっともな疑問だな。 確かにラクターの言う通り、俺が直接ノエルに渡しても良かったんだが……。 『翼の神』には、ダグ博士のサインがしてある。 ダグ博士の熱狂的なファンのノエルにそれを指摘されて、尊敬の眼差しを浴びるのも悪くない。 だが、色々と聞かれるのは面倒だ。 特に今はな。 だったら。 「別に理由はないよ その絵本は、どうせ実家の方で保管しているみたいだったからな だったら、今返しておいた方が合理的だろ?」 「そうですね! お姉ちゃんが帰ってきた時に、渡しておきます!」 「あぁ、頼む」 なんとかラクターは、『翼の神』を受け取ってくれた。 そしてラクターは『翼の神』を眺めながら、懐かしそうに話しだした。 「この絵本は昔、お父さんに読んでもらった絵本なんです」 ラクターの父親か。 確か、仲間を助ける為に犠牲になったんだっけか。 「思い出深いか?」 「はい! この絵本の内容には、何故か心を惹かれるものがあるんです」 「ほぅ」 「お父さんが言っていました この絵本に描かれている事は、実際に起きた出来事なんだって! ニルヴァーナ様が、世界をヤミビトから守ったんだって! これって凄い事ですよね!」 …………。 「そうだな じゃあ、俺はそろそろ行くよ」 俺は、ラクターの話を聞きたくなかった。 逃げる様に、その場を離れようとした時。 「あっ! 最後に良いですか?」 ラクターが俺を呼び止めた。 「ん?」 「カズさんも、 この絵本を読んだんですよね?」 「あ、あぁ……」 「どうでした? 面白かったですよね?」 無邪気に聞いてくるラクターに、俺は笑顔で答えた。 「あぁ 面白かったぜ」 勿論、嘘だ。 面白い訳がない。 その絵本の内容は、俺のトラウマそのものだぞ。 俺の故郷を滅ぼした奴の英雄伝など、聞きたくもない。 ラクターの悪意も邪気もないその発言を、俺は取り繕ってしのぐだけだった。 「じゃあな」 「はい! 皆さんによろしくお伝え下さい!」 俺は今度こそラクターと別れ、家に向かうべく歩を進めた。
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