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「あの事故の夜、雪菜から電話があったの。やっぱり大切なのは家族だって…これ以上は先輩と咲菜ちゃんを裏切れない。弱い自分を変えたい。やり直したい。だから、浮気相手の彼とは別れたいって…」
香川さんは俯きながら言葉を重ね、語尾を弱々しく濁した。
「…それで?それは、雪菜が家を抜け出す前の会話だろ?どうしてその後に雪菜は男に会いに行ったんだ?別れ話をするために、わざわざ夜中に子供を置いて男のもとに行ったとでも言うのか?」
壁に貼り付くようにして立つ香川さんを鋭い目つきで見て、先生は捲し立てるように問いを連ねる。
「電話で別れ話をしたけど、彼は承知してくれないって…家も先輩の病院も知られてるから、一方的に突き放すのは怖い。何されるか分からないって…。だから私、直接会って話をするように雪菜に言ったの…」
「なっ!?何でそんな事を言ったんだっ!」
「だって、許せなかったから!私は自分勝手な雪菜が許せなかった!」
香川さんは大きく頭を横に振って、まるで気が触れたかのように涙声を張り上げた。
「…私の心はいつも雪菜に踏み台にされて来た。あの夜もそう――雪菜、覚えてる?あなたは私に言ったのよ…『人生はやり直せるよね?私が愛しているのは主人と娘。家族で幸せを取り戻す。だから、葵にはもう頼らない。葵も後悔しないように家族を大切にしてね』って――」
「葵ちゃん…君は…」
「葵には頼らない?後悔しないように家族を大切にして?…冗談じゃないわよ。人を散々利用しておいて。…だから男に会う様に仕向けた。会ってしまえば、男への未練で、雪菜の不安定な心は再び揺らぐと思ったから」
苦いモノでも噛み潰すかのように言葉が吐き捨てられていく。
瀕死の状態である雪菜さんを目の前にして、次々と明かされる真実。
―――香川さんが外出する様に仕向けた?
別れを決意した雪菜さんの心を揺らし、浮気相手との別れを阻止するために―――
足首を掴まれ、真っ暗な海の底に引きずり込まれていくような感覚に陥る。
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