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「怖い?…何が怖いの?」
杏奈さんは、私の横顔に見守る様な視線を置く。
「雪菜さんから奪ってしまいたいと願う残酷な自分と、理解のある良い子ちゃんでいたいと願う自分が混在してせめぎ合ってる。だから怖くて…。上手く言えないけど、どうにも出来ないんですけど、…すみません。ウザイですね、私って」
自分の感情をどう表現して良いのか分からず、誤魔化す様に愛想笑いを浮かべ、膝に視線を落とした。
胸の鼓動が焦燥感に煽られる。
俯く顔に苦悩を貼り付け、唇を引き結んだ。
「ウザイだなんて、思わないよ。麻弥ちゃんは正臣の波乱の人生に巻き込まれた方なんだから、不安が付き纏って当たり前」
「……」
「でもね、これだけは覚えてて。雪菜ちゃんの時間は止まってしまった。けれど、あなたの時計の針は未来に向かって一秒ごとに動いてる。罪悪感は足枷になるだけ。
正臣を信じて。そして咲菜を守って。それが、全てを受け入れ高瀬家に戻って来たあなたの責任よ」
杏奈さんは膝の上で握る私の拳にそっと手のひらを乗せ、背中を丸める私に微笑みを向ける。
「杏奈さん……」
彼女の優しさが胸に沁みて、次第に目頭が熱くなる。声にならず、今にも泣き出しそうに顔を歪める私。
「あっ、そう言えば。正臣が麻弥ちゃんの事を『日陰の女じゃない』って言ってくれた事、麻弥ちゃん喜んでたじゃない?」
「えっ?…あ、はい」
突然と話頭を転じられ、私は肩透かしされた気持ちになりながらキョトンとする。
「その言葉ね、ウジウジしてるアイツの尻を蹴った時に私が言ってやった言葉なのよ」
「え……ええっ!?」
「ついでに頭にウォッカをかけてやった。あれは目に染みたと思うわよ~、だってアルコール度が凄く高いもの」
「えええ―――っ!?あの先生の頭にウォッカぶっかけた――!?」
大きく目を見開いて仰天の声を上げる私。
「あれは傑作だったわ~。『ザマーミロ!このへな猪口野郎!』って、スカッとした!正臣と喧嘩した時に麻弥ちゃんもやってみたら?気分爽快よ~」
絶世の美女がベンチに大きくもたれ掛り、大口を開けてケラケラと笑う。
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