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「えっ…それはちょっと……私はその顔を想像するだけで面白いです」
つーかっ、この美しい人の口からヘナチョコヤロウって、似合いませんから!
私は「プッ」と吹き出して、肩の力を抜いて頼もしいお姉さまに微笑みを向けた。
杏奈さんの肩越しに見えるのは、猫を抱っこして嬉しそうにこちらに手を振る少女の姿。
「あら~、このままニャンコを家に連れて帰りそうな雰囲気ね」
杏奈さんは振り返り、ご機嫌な咲菜ちゃんを眺めて目尻を下げる。
「…ペット、あのマンションって飼っても大丈夫かな」
「え?…猫を飼うつもり?」
「う~ん、先生におねだりしちゃおっかな~なんて…」
「ああ、良いわねぇ~!エッチの時に麻弥ちゃんがおねだりすれば、翌日にはニャンコが家族の仲間入りするわよ!」
咲菜ちゃんに手を振りながら言う私を見て、杏奈さんが「これは名案だ!」とばかりに手をポンと叩く。
「え、エッチって!?杏奈さん!?」
「大昔、将軍に妾が枕もとでおねだりしたのも事実らしいわよ。今でもあるのかしら、枕営業っ―――」 「こら―――っ!子供の前ですからっ!!」
純真無垢な笑顔を散りばめてこちらに駆けて来る少女。私は杏奈さんの声を遮って、放った言葉を四方に飛ばす様に両手をブンブンと振る。
「やだぁ~、麻弥ちゃんたら直ぐに真面目っ子ちゃんになるんだからぁ。冗談よ、冗談。正臣に相談してみたら?たぶん大丈夫じゃないの?動物を可愛がるのって子供の心の成長に良いって聞くし」
杏奈さんは茶目っ気たっぷりに言って「ふふっ」と笑う。
「…はい、先生に相談してみます」
―――ったく、全く以て頼もしく、危険なお姉さまだこと。
池の水面を撫でるように爽やかな風が吹いていく。晴れ渡る空に上って行くのは絶え間ない笑い声。
艶やかに染まる秋色に囲まれて、私達は杏奈さんが日本を旅立つ最後の休日を過ごした。
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