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屋上の長椅子に座り、相変わらず一人で昼食のサンドイッチをかじる私。
硝子の向こう側には、同じように変わらない街並みと染めたような青空が広がっている。
ハムサンドの端を口に入れ飲み込んだ後、紙パックのフルーツオーレを吸いながら携帯電話に視線を落とす。
二ヶ月経っても未だに不慣れなスマホに指を乗せ、メールの受信画面を開いた。
目に映る文字は、杏奈さんから届いた今夜の外食OKの返事。
「はぁ…本当に帰っちゃうんだ。アメリカに…」
声を出して呟くと、どうにもならない淋しさが込み上げてくる。
私にとって杏奈さんは、友人でありながら本当のお姉さんの様な存在だった。
紫陽花の丘で杏奈さんが話してくれた言葉を思い出すと、唯一の相談相手と離れてしまう事に更に心細さを感じてしまう。
先生を信じて…咲菜ちゃんを守って…
それが、全てを受け入れ高瀬家に戻って来た私の責任―――。
分かってる。
それは分かってるけど、
側に居てもふと見せる彼の心の影にまで触れられなくて、どうしていいのか分からなくなってしまう。
『夫として妻を看取っても、雪菜ちゃんを母親として咲菜の記憶に残すつもりは無い』
杏奈さんが告げたその言葉が先生の本心ならば、それこそが彼にとっての闇そのもの。彼の心を蝕む呪縛なのではないだろうか……
本当にこのままで良いの?
どうしたらいいの?
一番近くに居るのに、私はあなたに何もしてあげられないの?
解決策など容易に浮かぶ筈も無く、募っていくのは不安ばかり。彼の心の奥に手を差し伸べられない自分がもどかしくて、情けなくて、ため息だけが秋の空に向かって連射されていく。
「……」
飲み終えたジュースのパックをビニール袋に入れると、重い腰を上げて後ろを振り返った。
すると視界に飛び込んで来たのは、キョロキョロと辺りを見回す七瀬さんの姿。
「あっ、安藤さん!」
私の姿を捉えた七瀬さんは、声を発してこちらに走り寄る。
「七瀬さん。今日は半日で上がりじゃ無かった?こんな所で何してるの?」
階段でここまで上がって来たのだろうか。息を切らした様子の七瀬さんを見て目を大きく開ける。
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