第23話 【季節の風に「さようなら」を・・・】

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秋の陽射しが、並木の上で踊るように輝く休日の午後。 病室の窓を開けると涼しげな風が流れ込み、光が透き通るブラインドが優しく風に揺れる。 「雪菜さん、今日は気持ちの良い秋晴れですよ」 水の様に澄み切った空を仰いで、ベッドで眠る雪菜さんに微笑みを向けた。 「先生は日当直なので、今日は私一人でお邪魔しました。雪菜さん、今日はとってもいい香りがするでしょ?キンモクセイ。一枝だけ近所の人に頂いて来ました」 そう言って雪菜さんに見せるのは、オレンジ色の小さな花が集まるキンモクセイの一房。そして笑みを浮かべ次に紙袋から取り出したのは、透明な硝子の器と青と水色のビー玉十個。 私はボール型の可愛いらしい器の底に綺麗なビー玉を並べ、器の半分まで水を張る。 「キンモクセイっていい香りがするけど、直接部屋に飾ると香りが強いでしょ?でも、こうして水に花を浮かべると丁度いい香りになるんですよ。ほらね、見た目もとっても可愛い」 雪菜さんが眠るベッドサイドのテーブルにそれを置いて、透き通った小さな湖にオレンジ色の花を散らしていく。 水面でキンモクセイがユラユラと揺れる度、秋を感じさせる心地よい香りが風に乗ってふんわりと広がっていく。 ――――香川さん、深津さんと話をしたあの日から、二ヶ月が過ぎた。 マンスリーマンションを出て先生のもとに戻った私は、先生と咲菜ちゃんと笑顔に満ちた平穏な毎日を過ごしている。 仕事をして家事をして育児をして…… 家政婦だったあの頃と生活は同じだけど、関係に偽りも終わりも無い『家族』として迎えられたその事が、今の私を支えている。 彼と共に家族として雪菜さんを見守る覚悟をした私は、週末になるとこうして雪菜さんに会いに来る。 けれど、雪菜さんからしてみたら私は招かれざる客に違いない。 女として先生に愛され、母からの愛情を求める咲菜ちゃんに必要とされ……私は、雪菜さんの居場所を奪った者。 自分で決めた覚悟は予想していた以上に残酷で、雪菜さんの存在をこうして近くに感じるようになればなるほど、罪悪感が胸を刺す。 「……手、拭きますね」 ハーブの香りを滲みこませたホットタオルを広げて、彼女の細い手を持ち上げ包み込んだ。
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