1888人が本棚に入れています
本棚に追加
雪菜さんが眠る病院に駆け込むと、杏奈さんの背中を追いかける様にして病室に向かう。
重なる二人の足音が廊下に響いて聞こえる。
ジワリと額に滲む汗。
息をするのが苦しいくらいに全身に巡る拍動は、走り続けたせいだけじゃ無い。
不安と恐怖と悲しみと――言葉では言い表せない感情が渦巻いて胸が締め付けられる。
雪菜さんに会える?
間に合ったの?
病室の扉を開けたら、息を引き取った雪菜さんの横に先生が一人で居るなんて事は……
ふと頭に浮かんだのは、人工呼吸器を外され永遠の眠りにつく雪菜さんと、魂が抜かれたように呆然と立ち竦む彼の姿。
血の気が引いて行くような感覚に襲われ、一瞬、目の前に続く映像がぐらりと揺れた。
「麻弥ちゃん…大丈夫?」
病室の扉の前に立った時、杏奈さんは顔を強張らせる私を心配そうに見て足を止めた。
「えっ…すみません、大丈夫です」
緊張感で体を固める私は額の冷たい汗を手のひらで拭い、乾いた喉に唾液を落として小さく頷いた。
ドクドクドク……
不安を押さえ込むように胸の前で両手を握り合わせ、開かれていく扉を見つめる。
瞬きを忘れた目に飛び込んで来たのは、横たわる雪菜さんを椅子に座って見つめる先生の横顔。
ガックリと肩を落としたように背中を丸める彼の姿が、痛々しく目に映る。
「正臣…麻弥ちゃんを連れて来たわよ」
人の気配が入り込んでも微動だにしない彼に、杏奈さんが言葉を投げかけた。
病室に響き渡るのは、モニターから流れるゆっくりとしたリズムを刻む心拍音と、けたたましく異常を知らせるアラーム音。
良かった…
まだ心臓は動いてる。
私はその心拍音に耳を傾け、取り敢えずの安堵の息を吐いた。
「ありがとう、杏奈。…麻弥、突然呼び出して悪かったな」
彼は項垂れた首を上げてこちらに顔を向けると、目を細めて口もとには今にも消えそうな笑みを浮かべた。
最初のコメントを投稿しよう!