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「可哀想な雪菜…おまえの王子様は今、どこで何をしているんだろうな」
彼は雪菜さんの頬に手を当てると、親指で痩せこけたその頬を撫でる。
「正臣、やめなさい!」
杏奈さんは彼が立ち上がった拍子に振り落とされた手を握り、彼の背中に厳しい声を叩きつけた。
「娘の事は心配いらない。おまえが放棄した分まで『親』の責任を果たし、俺が咲菜を守る」
冷酷な言葉とは裏腹に、彼が浮かべるのは穏やかとも言える笑み。
その相反する異様な光景を見つめ、ゾクッと背筋に冷気が走った。
違う……
先生の中の憎しみは、まだ終わってなんていない。
『父親』としてだけじゃ無い。雪菜さんの人工呼吸器の電源を落とそうとした頃と同じ。――――『夫』として今も尚、雪菜さんを許せないでいる。
先生……
あなたは、これから先もずっと憎しみを背負い続けていくつもりなの?
彼を見つめる目に涙が滲む。
「先生……お願い…咲菜ちゃんをここに…雪菜さんに会わせてあげて」
棒のように立ち竦む私は、震える唇から掠れる声を漏らした。
「―――ナニ?」
彼は大きく目を見開き、幻聴でも聞いた風な顔をして眉間に深い縦ジワを刻む。
「麻弥?いきなり何を言いだすんだ?」
「正臣待って。麻弥ちゃんはあなたの事を心配して――」
「一目で良いから…雪菜さんに成長した咲菜ちゃんを見せてあげて…声を聴かせてあげて…杏奈さんが、最期にお父さんに成人式の晴れ着姿を見せてあげたように…」
お願い…先生……
雪菜さんのためだけじゃ無い。
今を生きる、これからを生きる、あなたと咲菜ちゃんのために――――
ポロポロと、哀しみの涙が頬を伝う。
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