第23話 【季節の風に「さようなら」を・・・】

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錯乱状態とも言える彼女の口から滑り落とされる真実はあまりに残酷で、その痛ましさに耐え切れず、私は香川さんから目を背けた。 「君が麻弥を初めてここへ連れて来た日、だから俺に言ったのか…雪菜の心は俺達の側に居ると…」 「…本当はあの時、自分を責める先輩を見ているのが苦しくて、全部打ちあけようと思ったの。だけど言葉を止められて…ごめんなさい…どうしても言い出せなかった」 私が初めてここへ来た日?……あの雨の夜? 先生を見ているのが苦しくて?……あの日、この二人に何があったの!? 事情が分からない私は眉根を寄せて、交互に二人を見る。 「言い出せなかったか…都合のいい言葉だな。『全ては私のせい』――君が雪菜を外出させなければ、あの夜の事故は起きなかった…そういう事か」 もたれ掛かるようにベッド柵に手を置く彼は、苦笑交じりに小さな声で呟きを落とした。 「正臣…」 悲愴感に耐えられなくなったのか、杏奈さんは項垂れる彼に手を伸ばす。けれどもその手が彼に届く前に、杏奈さんは心苦しそうに拳を握り、悲痛に顔を歪めてゆっくりとその手を下ろした。 「…あの夜、浮気相手と雪菜の間に、どんなやり取りがあったのかは私には分からない。だけど、これだけは信じて。雪菜は先輩を愛してる。咲菜ちゃんを愛してる。犯した罪を後悔して、やり直そうとしてたのは事実。それを私が…咲菜ちゃんから母親を奪ったのは、私なの!」 香川さんは泣き叫び、崩れ落ちた体を床に伏せる。 「ごめんなさい…ごめんなさい…あぁ…雪菜……咲菜ちゃん…ううっ…ウウゥ…っ」 痛々しい鳴き声が私の耳に捩じ込まれる。 香川さん……だから私に言ったのね。 先生から引き離そうとするのは、決して私を恨んでいるからでは無いと。 あなただけが、雪菜さんの本当の気持ちを知っていた。だから私を遠ざけようとした。 マンションの前で咲菜ちゃんを見た時、あなたが怯えるような目をして逃げ出した訳は、母親を奪ってしまった咲菜ちゃんへの罪悪感。 嫉妬が憎しみに姿を変え、憎しみが悲しみに姿を変える。 渦中の者は今、永遠の眠りにつこうとしていると言うのに――どこまで続くの? 残されていく者の苦しみは――。
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