第23話 【季節の風に「さようなら」を・・・】

6/35
前へ
/35ページ
次へ
「猫を見つけたら先ず私達に大声で教えてくれますよ。あのはしゃぎっぷりですから」 フワフワカールをポニーテールにした髪と、それを結んだピンクのレースリボンを揺らしながら走り回る少女を見て、自然と笑顔が溢れる。 ベンチにもたれ掛り仰ぐと、青ガラスの様に澄み切った空が終わりなく広がっている。耳に届くのは、サワサワと風に揺れる葉の輪唱。 カラッと乾いた涼しげな空気を吸い込んで、遠くの空を飛ぶ鳥を眺めながら息を吐いた。 「何となくは正臣から聞いてると思うけど、名古屋サロンの経営をスタッフに任せる準備が整ったから、私は今月いっぱいで完全にジャクソンビルに引き上げるわ」 風が耳をなぞる様に聞こえて来た杏奈さんの声。 えっ!? 今月いっぱいって、来月まであと10日しか無いのに。 完全にアメリカに引き上げるって……そんな急に!? 私は空に向けていた視線を外し、彼女の横顔を見つめながら返す言葉を探す。 「昨日、母と電話で話をしたんだけど……手術をしてから母はすっかり弱気になっちゃって。店の責任者を続けるには心身の負担がかかるし、母が経営してるサロンを私が受け継ぐことに決まったの。一度帰ったら、今までみたいに容易にはこっちには来られなくなる」 「……そう…ですか」 「こうして麻弥ちゃんと話をしたり、咲菜の顔を見られなくなるのはとても淋しいわ」 杏奈さんは一句一句を区切るように言って、私と合わせる目に淋し気な色を浮かべた。 二ヶ月前、高瀬先生から検査入院をしたと聞いたお母さんに乳癌が見つかった。 手術をして病巣はすべて取り除いたが、組織検査の結果リンパ節転移があり、現在している放射線療法後は抗がん剤治療が始まると聞いている。 リンパ節転移が見つかった場合は乳癌の再発率は高くなり、2~3年以内に再発する人が多いらしい。 「……私も杏奈さんと会えなくなるのは淋しいです。だけど、側に家族がいないお母さんは、もっと淋しくて心細いですよね」 ホットレモンティーのペットボトルを膝の上で握り締め、小さな声を落とした。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1888人が本棚に入れています
本棚に追加