1888人が本棚に入れています
本棚に追加
「日本では14人に1人。アメリカでは7人に1人が乳がんを発症してる現状を知っていても、いざ自分の事になると死を目の前にしたみたいに凄く落ち込んじゃって。再発するかどうかなんて、まだ分からないのにね」
杏奈さんは大きなため息を吐いて、空に目を向けながら口角を下げる。
「それは仕方ないですよ。抗がん剤治療に対する不安も強いでしょうし……今、体は大丈夫なんですか?」
「うん。落ち込んではいるけど放射線療法の副作用は無いし、食事はちゃんと取れてるみたい」
「そうですか。それなら―――」良かった。と、微笑みと共に言葉を続けようとした時、
「まーや!あんなー!ニャンコいたよっ!あっちあっち!」
咲菜ちゃんが私達と離れた場所から大きな声を張り上げて、自分が立っている後方を指差した。
「あれ?あっちにあるのは確か……」
杏奈さんが手付かずのままベンチに置かれたお菓子を集め、咲菜ちゃんの背後に視線を伸ばして呟いた。
「紫陽花の丘です。……先生と雪菜さんの思い出の場所」
私は咲菜ちゃんのリュックサックを手に持って立ち上がると、私達を呼ぶ元気な声を聞きながら歩き出す。
「正臣と雪菜ちゃんの思い出の場所って……麻弥ちゃん、良いの?」
私の後を追いかけて来た杏奈さんが言って、遠慮がちに私の顔を覗き込んだ。
「あっ、本当は先生と三人で来る約束だったんですけど……まぁ、いっか。先生とは紫陽花が咲いてから来れば」
今は紫陽花が咲く季節では無いけれど、今日、やっと咲菜ちゃんとの約束がやっと果たせる。
私は笑顔を浮かべ、夏の色を失った芝生の上を駆けて行く。
「いや…そうじゃ無くて……麻弥ちゃんって、本当にいい子ね」
背後から途切れて聞こえて来る声。
「へっ?何ですか?」
風に掻き消された杏奈さんの言葉が上手く聞きとれず、私は後ろを振り返った。
「麻弥ちゃんは、やっぱりあんな弟には勿体無い娘だって言ったのよ」
揺れる髪を耳に掛けながら、杏奈さんがフッと口もとをほころばせた。
最初のコメントを投稿しよう!