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深い悲しみと、絶望の波。
イヤダ、嫌だ…とどんなに嘆いてもその闇は付き纏って離れない。
唸るように押し寄せるその暗闇から逃れるように、僕は一心に先へ先へと走った。
──やめろ、放せっ…!
闇のうねりに飲み込まれる。
もうだめだ、と。そう思った瞬間。
僕は、目を覚ました。
「………」
そう、目を覚ましたのだ。
白く霞んだ視界が、徐々にクリアになっていく。
その様子を僕は訳のわからないという思いでただ見送り、次第にはっきりしていく意識の中で、全てが夢だったのだろうか、などという考えまで過ぎった。
「ようこそ、私の楽園へ」
色を取り戻した視界に、苗色の髪が揺れる。金色の瞳が柔らかく細められて、優しく楽しそうな声が耳に入った。
「…楽園…?」
そうか、やはり僕は死んだのだ。
差詰め、ここは天国といったところなのだろうか。
「僕は、死んだのか…」
掠れた声がでた。
それもそうか、だって僕は首を吊ったのだから。
「…そうだね。でも、君は選ばれたんだよ。」
僕の問いかけに彼はそう答えを返し、にこりと笑みを浮かべて。
「…選ばれた…?」
どういうことだ、と。
よもや死んだ人間が生き返るなどということが起こるわけはないのだ。
怪訝な表情を向ける僕に、彼はやはり楽しそうに微笑んで。
「…もう一度、ピアノを弾きたいとは思わないかい?」
「…ふざけるな!」
僕は思わず声を荒らげて、がたっと音をたてて椅子から立ち上がり彼に詰め寄る。
…椅子に、座っていたということにはこの時初めて気づいたのだが。
「お前は何を言ってるんだ…?!僕はもうピアノは…」
弾くことはできない。
この手を見て、コイツは何も思わないのか?
こいつは俺が死んだことを知っている。そして、その理由も。
それを知っていてそんなことを言うのだ。
最悪だ。
まさか天国に来てまでこんな絶望を味わうなんて…。
僕は衝動に任せて彼の胸ぐらを掴んで鋭く睨みつける。
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