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佳奈さんの形見の指輪を見つめて微笑んでいると、シンが「帰るぞ」と私の手首を引っ張った。
「か、帰るってどこに」
「ホテルに決まってるだろ」
「今日も泊めてくれるの?」
この時間じゃもちろんタクシーで帰る以外選択肢がなく、それは有り難い申し出だけれど。
カツカツと足音を響かせながら、シンは背中を向けたまま口を開いた。
「……ずっとあの部屋に居ればいい」
「えっ?」
「自宅から通うより楽だろう?」
「そうだけど、私ホテル代払えるほど余裕は――」
「あそこはホテルだが俺の家でもある。宿泊代は要らない」
何だろう……どうして急にそんな親切なことを言い出したのだろう。
シンの心境の変化についていけず躊躇っていると、歩みを止めたシンが少しだけ振り返った。
「高月百合音について調べた」
「……あ」
なるほど、と納得した。
私について調べたということは、父親を知らずに育った私が唯一の肉親であった母親を亡くし、現在一人で生活していることを知ったということなのだろう。
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