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彼だ。
路地でぶつかった彼だ。
不機嫌そうに眉を寄せて、人混みを臆することなく真っ直ぐに姿勢良く歩いている。
そこだけ世界が違うように見えるのは、彼の佇まいからかもしれない。
こうして画面を通して見ている限りは、ふわりと微笑んで書類を拾ってくれた雰囲気はなく、私に「どけ」と冷たく言い放ったあの雰囲気が漂って見える。
「あぁっ」
しかし、カメラは違う場所を映してしまい、もう彼の姿を見ることは叶わなかった。
二度と会うことはない、と頭から消し去ろうと思っていた彼のことがなぜこんなにも気になって仕方ないのかは分からない。
けれど、私は何かに導かれるように“この場所に行かなければ”と漠然と思っていた。
たった一度だけ、しかもほんの数分会っただけの彼のことを……。
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