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空席の新郎席が気になったが、まさか彼に限って、と失笑したくなった時、視界の隅に入って来たのは新郎側の参列者だった。皆、一斉に視線をそらし、そわそわしている。その挙動は何とも落ち着かなく、罵声を笑い飛ばせない空気を醸す。
幸子の父親と仲人が席を立つと、他の人もばらばらと後を追う。幸子もつられて立ち上がった。
しびれているわけでもないのに、足がもつれ、ふわふわする。
玄関からは変わらず男の罵声が届き続け、待つ先には、ひっつめ髪から髪が所々飛び出ている、くたびれた格好をした年の頃は幸子と変わらない女が立っていた。高い位置で帯が締められていたのは彼女の腹が大きかったから。
幸子と目が合った女は険の籠もった視線で睨みつけ、品定めするように上から下までじろじろと見た。表情に不遜な色が浮かび、鼻で笑って顎をそびやかす。そして、腹を愛しそうに撫で、突き出して言った、「先生の子供よ!」と。
何を馬鹿なことを、と失笑したいのはこちらだった、けれど、できない。
なぜなら、目を伏せ、幸子を見ようともしなかったのは新郎の方で、誰も乱入してきた男女を叩き出そうとはしなかったからだ。
幸子側の参列者は長く呆け、しばしの沈黙の後、爆発した。
乱入者と新郎側と新婦側、三者立場の違う人間の罵り合う声があたりを支配する。
大人たちが怒鳴り合っているのはわかった、けれど幸子の目は、大きな腹を抱えた女と新郎以外入って来ない。
立ち尽くす彼女は、別室に下がらされた。
しばらくここで待っていなさい、と言った声は女だった。でもどこの誰かはわからず、幸子は唖然としたまま畳の上にへたり込んだ。
何があったかわからない。
畳に手をついてうつむく彼女の側に、人がいるのも気付かなかった。
男の声がした、かわいそうに、と。
太く、染みる声だった。
何故? とその声に問うた。
かわいそうに、とだけ返ってきた。
私、かわいそうなの?
彼女の双眸から涙が落ちる。頬の上をころころとこぼれて流れた。その涙を指の腹で拭われた。
無骨な男の手は温かくて、涙が次から次へと出て止まらない。
肩を抱かれた、背中を撫でられた。
頬に、着物の絹が当たる。
黒い式服に涙の染みがいくつもついた。
これが夫になるならいいのに。
気がおかしくなっていたとしても仕方がない、でも、目の前の相手にすがりついた。
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