~第一話~ 今生の、一重に潜む縁の根

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 検校と言う全盲者の天辺である官位持ちと言う事も有り、男谷家と勝家は取り潰しから免れて居るが。 「まだ、そンな歳じゃ……」 「家を守るってのは、そう云う事った。いざとなりゃ、妾でも作りゃ良いんだから」  極端な物の云い方をするが、当時としては普通。  跡継ぎを産ませる為には、手段が幾つも有った。 「と、云う事は……。お奉行も?」  口を湿らす為か、根岸は含んだ汁を盛大にドンブリへ戻す。 「こいつは、とんだ藪蛇だったな。けどよ、それが家を継ぐってもんだ」  田嶋の場合、家を継いだとは云え出発点は同心。  それを、この二人は知るまい。 「辛気臭くなっちまったな。蕎麦だ、蕎麦。早く食わねえと、延びちまう」  こと食い物となれば、根岸は子供の様に無邪気になるらしい。  脇目も振らずに蕎麦を啜る姿は、在る意味微笑ましかった。            二  根岸と主馬が蕎麦を手繰った、その夜。  心斎橋近くの小橋で、男女が揉めていた。  痴話喧嘩か別れ話の縺れか。  激しく言い争い揉み合う様は、ただの喧嘩とは思えない。  だが、その言い争いは夜に吸い込まれて聴こえ辛く届かなかった。
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