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「御手数、お掛けします」
「良いって事よ。オヤジさんにゃ、伊呂波から世話んなったしな。まだ、恩返しして無かったのによ。その代わり、お前えに恩返えしすっからな。おら、このトンチキ、キリキリ歩けい」
もはや空気の根岸だが、田嶋を知る人間としては余計な口は差し挟みたく無いのだろう。
「それじゃ、後は……」
「おう、任しとけ。行くぞ、源五郎」
ほい来たと、志村の後ろに付いて源五郎は静かに去って行った。
「待ち草臥れたぞ、田嶋」
幾ら部下だとは云え、下の名前を呼ぶのは憚られる。
「申し訳有りませン。見ちまッたからにゃ、放ッて置けなくて……」
「オヤジさんに、そっくりだな。そう云うところは」
懐かしい者を見る様な根岸の遠い目を、主馬は見た。
「おっと、いけねえいけねえ。通り過ぎるところだったい。ここだ、ここだ」
そう云って暖簾を潜ると、威勢の良い声が来店を出迎えた。
「末ちゃん、鴨南二枚な。とびっきり美味えの、頼むぜ」
ドンブリでも二枚とは、これ如何に。
「あいよ」
「奥座敷に頼むぜ」
武士ならば、人目に着き難いところを陣取るのが躾。
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