~第一話~ 今生の、一重に潜む縁の根

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「それで、お話と云うのは?」 「うむ。人事異動だ。明後日を以て、お前えを当番方と念番方与力にする」  当番方と云えば、同心としては雑用。  与力の花形は、念番方である。 「それは、決まりですか?」 「ああ。筆頭与力の内村、念番方の中園も了承した」  先ず、間違い無く苦虫を噛み潰した様な顔だったろう。  自分より年下が何の実績も無く出世街道まっしぐらなのだから。 「しかし……」 「しかしも案山子も在るか。お前えのオヤジなら、たっぷり昼寝が出来るって間違い無く飛び付くぜ? 小田切土佐に聞いたら、毎日。外廻りばっかして、昼寝三昧だったらしいしな」  実際、田嶋はデスクワークが主業務の与力の中で唯一人。  日長一日、見廻りと称しながら度々サボっては昼寝していたのだから。 「俺ッちとオヤジは違います」  精一杯強がるが、根岸には通じない様だ。 「いいや、同じだね。だからよ。明日、八ツ前えに役宅へ来な。十手を渡す」  朱房の十手は、町奉行所役人  警察業務に携わる身分証明証。  現代で云うところの警察手帳や、検事バッジに該当する。  それを渡されるのは、刑事事件が担当と云う事なのだ。
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