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今から半年前、俺の生まれ故郷の臨海の街を豪雪が白く染めた冬の日、その故郷へと東京から帰ってきた俺は深夜の公園で曇天の空を虚ろな目で眺めていた。
十八歳になったこの年、俺が全てを失ったのは僅か二ヶ月間の出来事だった。
両親を飛行機事故で亡くし、それと連鎖する様に十五歳からモデルとして所属していた小さな芸能事務所も仕事が激減した俺を蜥蜴の尻尾の様にあっさりと解雇し、無一文で寮からも追い出された。
俺にはもう何も無い…………。
膝の上に置いた数枚の服が入った虚しい程に軽いボストンバッグが俺の人生の軽さを物語ってるようで酷く滑稽な気がした。
「ハハハッ………………つまんない人生だったなぁ」
渇いた笑い声と独り言が空へと消えていき、目尻に自然と涙が滲み出る。
「クソッ………………いい年して泣くとかダサすぎるって…………」
もう全ての気力を無くした俺はベンチに寝そべった。
こうしていれば朝には俺の命と存在を雪が白く消してくれるだろうと思って目を閉じたその時、頭上から誰かの声が聞こえた。
「どうしたの? こんな所で寝てたら風邪ひくよ?」
それは優しく鼓膜をくすぐるテノール歌手の様な甘い低音の声だった。
「ん?」
薄く目を開いた視界にいつの間にか男が一人、ベンチの傍らに立っていた。
その男は、後頭部で結んだ長い黒髪を雪風に遊ばせながら黒縁の眼鏡ごしに声と同じ優しげな瞳で俺を見つめていた。
「あんた誰?」
「僕はただの散歩中の暇人だよ」
男は目を細めて笑みを浮かべる。
「あっそ…………俺に何か用? 今星を眺めてる所だから邪魔しないでくれる?」
死の間際、同情を必要としない俺はとっさに嘘をついた。
「………………」
拒絶の言葉を聞いた男は何も言わずに俺と同じ空を見上げた。
しまった…………今日は曇りだ…………と思ったのも束の間、男が間を空けてポツリと呟いた。
「不幸なら不幸、痛いなら痛いと泣けば良いのに何で人は弱さを吐けないんだろうね?」
俺を説得するかのようなその優しい慈愛に満ちた声は今の俺に不快感を与えるには十分過ぎる程のお節介な物だった。
「ハァ!?」
怒気と嫌悪感の入り混じった声が口から漏れ、さっきまで寒さに震えていた身体に微量の熱が宿る。
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