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「ん? 案内してくれねぇの?」
あっけらかんとした過去にあった出来事の片鱗すら感じさせない表情で堂島が立ち尽くす祈さんへ訊ねる。
「あ、え…………あの…………」
過去の恐怖がリフレインしたのか、そこには何時もの明るく快活なムードメーカーの祈さんは居なかった。
見かねた俺が対応を代わろうと歩みだした瞬間、横から俺を追い越した蒼志さんが堂島の前へと立った。
「堂島さん…………以前当店で起こした問題で店長から出入り禁止を言い渡されていたと思うのですが覚えていらっしゃいませんか?」
オブラートに包みもせずに堂島へ伝えたい事だけを口にした蒼志さんの目は熱い怒りでは無く店側の立場をわきまえた冷徹な嫌悪の光を感じた。
「あ、あぁ…………あの事か…………やっぱり忘れて貰えねぇ…………よな?」
「忘れる忘れないでは無く僕達スタッフは店長の作った決まり事に従事するだけですから」
気まずそうに苦笑いしながら頬を指で掻いて訊ねる堂島に蒼志さんが理路整然と入店の拒否を告げる。
しかし、そこで突然堂島が蒼志さんへと深々と頭を下げた。
「本当に悪かった! 俺さ、自分でも酒癖が悪いのを知っててあんなに飲んじゃってさ………………でも、つい飲み過ぎちまったのはこの店の店員が皆俺みたいな奴にも愛想良くしてくれるからさ…………それが嬉しくてよ」
流石に大の大人が泣くまではいかなかったものの堂島が浮かべる辛辣(しんらつ)な表情は心の底から自分の過ちを悔いてる様に見えた。
同情……………はしていないが顔が強面(こわもて)の分泣きそうな顔を浮かべる堂島がなんだかちっぽけに見えた。
「………」
そんな堂島の姿を観察し少しの沈黙の後に蒼志さんが出した答えはーー。
「分かりました………………では、今回は一応【安全策】と致しまして【酒類を一切提供しない】という特例の形をとってなら入店を許可致します」
「え? い、良いのか!?」
蒼志さんの裁定(さいてい)に堂島の顔に光が灯る。
「良いんですか? 一応店長に聞いた方が…………」
横からコッソリ耳打ちした俺から蒼志さんが離れて目を合わせる。
清流の様に澄んだ二つの瞳が俺の目を凝視する。
「歩…………店長が不在時の店長代理は俺だ…………その俺が入店を許可した以上はこの方はお客様だ…………そのお客様の前で耳打ちなんて失礼になる事はするな」
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