Episode 10 拒絶

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「死んでない、松美は死んでない、生きてる、生きてるんだ……俺には……俺には分かるんだ!!」 狂ったように頭をガリガリと掻きむしり、己に言い聞かせるように叫ぶ内河。 (自分の心を守る為に現実から目を背ける者……弱いことが悪い訳ではないが……こんなにも みっともなく見えるのか……コイツも……俺も……) 内河と自分の姿を重ねつつ、黒斗は この間 大神と出会った際に脳裏を過った あの忌々しい映像を思い返す。 (…………俺もコイツと同じで、現実から目を背けている……) 残虐行為を嬉々として行っていた、あの記憶。 身に覚えは無かったが、自分が こんなことをしている理由に黒斗は心当たりがあった。 それは―― (……冥界を脱出した あの日 ウンデカとタナトスは、俺が感情の暴走を起こして死神達を殺戮したと言っていた……おそらく、あの映像は その暴走している間の記憶だろう……) 自分が あんなにも恐ろしいことをしていた事実から、あれは自分の記憶ではないと言い聞かせて逃避していた黒斗。 だが自分と同じ状態の内河の姿を客観的に見たことにより、彼は いかに自分が みっともなかったか、弱かったか、そして己の愚かさを知った。 (…………生きている限り、現実からは逃げることは出来ない……どんなに拒絶しようとも、事実は……現実は変わらず そこに あり続ける……) グッと拳を握りしめ、黒斗は顔を上げて内河の目を真っ直ぐに見つめた。 その真剣な表情は仮面に隠されて見えなかったが、彼が纏う雰囲気に内河は圧され、思わず身じろぎをする。 「……このまま妹が生きていると思いこみ、永遠に偽りの現実で生きるか、それとも現実を受け入れて、妹の死を悲しみ、悼(いた)んでやるか……よく考えることだな」 「……………………」 黒斗の言葉を聴いて目を伏せる内河。 その沈痛な面持ちからは、松美の死を認めるか否か葛藤(かっとう)している様子が窺える。 「……まだ受け入れるのが辛いならば、もう少しだけ逃げていてもいい。自分の気持ちを整理して向き合って、心が現実に耐えられるようになった時に受け入れればいい……まあ、どちらの選択肢を選ぶかは……お前の自由だがな」 そう呟くと、黒斗は内河を押し退けてアパートから出ていった。
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