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我が家は見ての通りのあばら家でございます。出そうにも、鉄がございません。どうぞ、お許し下さいませ」
そう言って、平太と万は両手を突いて、謝った。しかし、使いの態度は冷たいものだった。
「そのほうらの家だけ許したとあっては、他の者に示しがつかん。女房を奉公に上げて、金を作ってでも、鉄を出せ!何なら、八兵衛様の御屋敷にでも上がるか?」
そう言って、平太と万に詰めよった。
使いは、
「後日、改めて来るから、その時には、しかと返答を致せ」
そう、言って帰った。
二人には、わかっていた。女好きと噂のある八兵衛の御屋敷に上がれば、ただでは済むまいと。かと言って、「うなぎ掻き」を取られては生きて行けない。平太と万は途方に暮れた。
万は思いあまって、里の母親に事情を話した。万の里は隣村の、やはり貧しい百姓だった。しかし、万の母親も困り果てた。
明日、使いが来ると言う日、平太は万策に窮して、あることを決意した。
それは、人を殺して刀を奪い、その奪った刀を出すということだった。万に話すわけにもいかなかった。百姓は「百姓刀」と呼ばれる小ぶりの刀を差して夜道の用心とした。その刀を奪おうと、平太は街道筋の藪に身を潜めた。すると、果たして、日も落ちて、真の闇となった街道を提灯を提げて、向こうからヒタヒタと歩いて来る人影がある。
平太は手頃な石を拾うと、近づいてくるのを息を殺して待った。やがて、目の前まで来た時、平太は目をつぶって、その人影の頭上に石を振りおろした。一回、二回、三回。人影は低く呻くと、地面に倒れた。辺りに流れた血潮は闇が隠した。平太は人影の顔も見ずに、腰に差した百姓刀を奪うと、後をも見ずに駆け出した。
家に入ると、息を切らせた、ただならぬ平太の様子に、万が心配そうに聞いた。
「お前さん、いったい、どうなさいました!息を切らせて!」
「ああ、今日は、しるべを頼って、刀をもらい受けて来たが、街道のところで、通りがかりの者が追い剥ぎに殺されるのを見たのだ!」
そう言うと、平太は土間に立って、柄杓で甕の水を飲んだ。そして、持っていた刀を万に渡した。
刀を渡された万は、刀を見て、血の気がひいた。
「あっ!」
と、声を出しかけて、その声を呑んだ。その刀は、まぎれもない、万の父親の形見の一振だった。万は全ての事情を察した。
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