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「おい、加賀! またあそこに戻るなんて、おまえ正気か?」 同僚の北野(きたの)が、さっきから俺を説得している。 でも、俺の腹はもう決まっていた。 俺は戻る。 あの地下施設に。 ここは小さなアパートで、壁が薄く大声を出せば隣に聞こえてしまいそうだったが、既に別の部屋から音楽と騒ぎ声が響いていて、秘密の話しをするにはお誂え向きだった。 テーブルの上には、北野が買って来てくれた酒や摘みが乗っている。 2人とも全く手を付けていないのは、楽しい飲み会とは程遠いからだ。 1ヶ月前、あの研究所から抜け出した後、俺は身を隠して生活している。 このアパートも、もう3軒目だ。 施設の関係者に見つかれば、俺は殺される。 ただの研究員なら連れ戻されるだけで済むかもしれないが、俺はジャーナリストだ。 調査目的で潜入していた俺は、彼らにとって野放しに出来ない危険人物だった。 警察に助けを求める事は出来なかった。 彼らも手先に違いないからだ。 俺の命を救ってくれるのは、国家権力に隷属しない、一般市民しかいない。 俺はパソコンやスマホ等のツールを武器に『やってはいけない実験』が行われている事を、世の中に拡散する。 最初からその決意を胸に、危険を冒して地下に乗り込んだのだ。 俺の本当の仕事は、これからが始まりだった。
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