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その子供は、俺を真っ直ぐ見て言った。
「研究員さんは僕達と違う。
悪者なの?」
俺は驚いて息を飲んだ。
彼らが他者に善人、悪人の判断を下していたなんて。
その真っ直ぐ伸びた腕に、突き付けられた指先に、俺はまるで神の審判の前に立たされた亡者のような気持ちで答えた。
「俺は…、俺は悪い人間じゃない。」
子供はそれを聞くと、にっこり笑った。
あの経験を伝えたくても、それは無理だろう。
ネットがこれだけ浸透しているのに、人の気持ちは置き去りだ。
でも俺はあの時、俺の人生で最大の衝撃を受けた。
非人道的な研究を目の当たりにしたからじゃない。
俺が俺自身と向き合った瞬間だったからだ。
俺は、善い人間か?
北野は俺と同じく、危険な橋を渡ってでも真実を報道しようとする使命感溢れるジャーナリストだ。
だから全てを話した。
もし、俺があの施設から生還出来なくてもいいように。
俺は明日、地下研究所に向かう。
記録を残したいが、リアルタイムの通信は傍受している相手にも危険が及ぶから却下だ。
でも万に一つの望みを掛けて、服の中にレコーダーを仕込む。
武器と呼べる道具はリュックに詰め込んだ催涙ガスと発煙筒だけ。
俺はテーブルから手付かずの缶ビールを取り、プルタブを引き開けて苦笑する。
「最後の酒が発泡酒かぁ。」
すると北野は、
「戻ったら、おまえの好きな酒を浴びるほど飲ませてやる。」
と言って寂しそうに笑った。
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