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早瀬さんが首を傾けてわたしと目線を合わせた。 近くにあるその整った顔に、どうしようもなくどきどきする。 魅力たっぷりで、余裕があって。 「……気まぐれでキスするくせに?」 わたしに勘違いするなと言った人が本気で付き合わないかと言うはずがないと思う。 だから信じられないという顔で早瀬さんを見てそう言うと、彼は目を細めた。 「あれは俺を気にして仕事に集中できないお前に興醒めしたから言ったんだ。でもその後、腹が立ったのか集中して仕事のスピードが上がってたよな」 見つめられているだけなのに、わたしは動けなくなってしまった。 ゆっくりと、早瀬さんの口許が近づいてくる。 わたしはその唇へ視線を移した。 「気に入った」 完全に捕らわれてしまった。自由なはずなのに自由じゃない。 響く鼓動にくらくらしていたら――口許が動いた。 「それに、俺の胸ぐら掴んで面白いことをしてくれただろ」 はっとして早瀬さんと目を合わせると、顔の距離がとても近くて息をのむ。 恥ずかしいあの時の行動を思い出して頬が熱くなってくる。 すぐにキスができそうなその距離で、早瀬さんは口角を上げて余裕の表情。 わたしの胸がどうにかなりそうなくらい激しく鳴っていた。 なんでだろう。その余裕に惹かれてしまう。 こわいくらい、夢中になりそう―― 「し、仕事します」 もうだめだと思ったわたしはそう言って一歩後退り、早瀬さんから離れた。 そして急ぎ足で通路に出て、仕事へ戻る。 まったく落ち着かなかった。 早瀬さんの言葉が頭の中でぐるぐるしている。 からかうための冗談じゃないの――? 「友田さん、この資料なんですけど――って、どうしたんですか、なんか頬が赤いですけど風邪とか……」 「ち、違う、なんでもないわよ!」 わたしのデスクにやってきた後輩北原が首をかしげながら指摘してきたから、わたしは思いっきり動揺して北原を睨んでしまった。 それに驚いた北原はどうしたんだという顔でこちらを見てくる。 もう、やだ。 早瀬さんの所為でごちゃごちゃで、らしくないことばかり。 わたしは眉間に皺を作りながら資料を受け取り、北原が自分のデスクへ戻っていくのを確認すると、自分を落ち着かせるために深く息を吸って吐き出した――
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