母の場合

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聞けば少し前に何頭か生まれた兄弟の内、一匹だけが売れ残っているという。 「咲月さんなら特別価格。連れて帰ってやってよ」 提示された金額は、市場相場の十分の一程度だった。 これまで何度もこの店には足を運んでいるけれど、こんなこと言われたのは初めてだった。 戯れに、どの子を連れて帰る? なんておどけて言われたことはあったけど、具体的な金額まで出して言われたことはなかった。 それがなんと、まさかのミニチュア・シュナウザーで初めて言われるとは。 これは偶然だろうか。 それとも必然だろうか。 そして更に私は、あることに気づいてしまった。 すっかり忘れていたけれど、その日は私の誕生日だったのだ。 『誕生日には、ミニチュア・シュナウザーの仔犬が欲しい』 母にねだったそのままのシチュエーションが、目の前にあった。 これはもしや母が、私の願いを聞き届けてくれたということだろうか。 「え、でも、そんな突然、心の準備もいるし」 「大丈夫、大丈夫、咲月さんなら」 まさか犬を飼うことになるなんて夢にも思っていなかったので、とりあえずその日は保留にしてもらって私は帰路についた。 そして家に帰ってから、いろいろ考えた。 どう考えたって、こんな偶然まずあり得ない。 他の犬種ならまだしも、私が言った通りのミニチュア・シュナウザーだなんて。 しかもメス。 私のリクエスト通り、女の子。 これはもう、無視して通り過ぎるわけにはいかない。 その日のうちに心を決め、ミニチュア・シュナウザーの女の子は私の新しい家族となった。
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