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レッスン室ということで、ピアノと譜面を入れる本棚、譜面台や個別のイス以外は特になにもなかったはずだが、いまはベッドもあるし洋服タンスも小さなテーブルも本棚もある。あ、あとポールハンガーも端に置いてあるな。テレビはないけど。壁には『メイド服の着方』という紙が貼られていたが、その理由が解らない。
「改装……ってこういうことか」
少し感動してなかに入り、ベッドに腰をかける。いや腰をかけるのは床でもよかったわけだが、カーペットが高そうなのであまり汚したくない心理が働いた。
ショルダーバッグを肩から外して横に放り投げ、後ろに倒れればオレを飲み込むように布団ごとマットレスが沈んだ。
「疲れた」
呟くように漏らされたその小さな言葉は、すぐに室内に溶けて消える。久しぶりだったからか変に緊張してしまったのだろう、目を閉じればすぐに睡魔に襲われた。
何時間寝たのかは解らないが、深い微睡みからふと浮上すれば、「春」と名前を呼ばれる。
「……ぅ……」
「――る、春」
「う、るせぇ……」
「オレはまだ寝たいんだ」とかなんとかそんなことを言った気もするが、頭を叩かれて全部飛んでしまう。
「起きろ、春。食事の時間だ」
「あー……、なに……? ……食事……?」
「早く起きろ」
腕を取られて躯が浮上する。目を擦り、貴臣の顔を眺めれば、貴臣は腕を伸ばして横髪を梳いた。その顔はどこか優しげだ。
「貴臣……?」
「髪がボサボサだな」
その声にオレのすべきことを思い出した。そしてオレが広瀬にやってきた理由も。
だから、苦手な敬語で喋らなければならない。いやアレだ。オレが話しているのは、敬語か尊敬語か丁寧語かは解らないけども。現国も古文も数学も英語も苦手だし。
「寝てしまいましたから」
あくびをして貴臣の腕を払い、もう一度貴臣を眺める。
「春」
「なんですか?」
「早く行くぞ」
指で髪を整えた矢先、貴臣にその手を掴まれてしまう。
「っ……あ、あのっ」
「なんだ?」
「食事って、どういうことですか?」
振り返る貴臣に問えば、眉を寄せる。そうしてため息を吐かれた。
「食事は食事だ」
「いやだから、どうしてオレが――」
「オレが?」
「あ……えと……、ど、どうしてわたしが一緒に行かないといけないんでしょうか?」
「新人の務めだ。文句を言うな」
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