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仁なら絶対言わないだろう台詞を吐く男をさめた頭で見つめる。隣で片眉をあげて、吐きそうな顔をしている仁すらおかしい。
それでも、行くなと言わない男が憎らしくなる。
「パパ、明日の朝までには帰るから。いい?」
心持ち笑いを含んだ声で言えば、わざとらしいため息が聞こえてくる。そのまま、いつものをくれとマスターへ酒を注文すると、じっと見つめられた。
おざなりじゃない視線に、躰が強張って、何?と声にならない呟きを洩らす。
「悪いが、ダメだ。クリスマスは一緒にいるだろが」
三回目のクリスマス、誕生日もかねて毎年一緒に過ごしてきた。過去の二回は忍も匠も一緒にいたが、なぜか今年だけが違う。仁は男に聞こえるように言うと、抱かれていた腰を強引に引き寄せてきた。
仁の視線がきつかったらしく、黙った男は「次に会えたら考えて」と言い残して席を離れて行く。そして、目の前に出されたジンライムに口をつけることなく、マスターへそのままおごりだと差し出していた。
「出るぞ、アズ」
カウンターには金が置かれ、差し出された酒に黙って口をつけたマスターが、遊馬へと笑顔を向ける。
「ごちそうさま。よい聖夜を」
カウベルの鳴るドアが、静かに閉まる。遊馬は先を歩く仁に腕を引かれて歩いて行った。
マンションとは違う方向に歩いていく仁を訝しげに思いながら、歩くこと五十メートルほどでヒルトンのエントランスに着いた。
匠が好きらしく、忍の部屋でヒルトンホテルのデリバリーを食べたことがある。夕食でも取るのかと疑わずついていけば、なぜか部屋の鍵を渡されていた。
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