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「ちげえし」 「口の利きかたっ!」 「はいっ」  三の間に歩いていく忍に声を掛けると、即座に怒鳴られる。  ニューヨークで孤児として生まれ育ち、日本語はそこにいた年上の男と話すうちに覚えた。そいつは今、日本語の教師になっている。  環境のせいにするつもりはないが、遊馬の素行は決していいものとは言えない。ジャンキーな連中と付き合い、夜の街にも慣れていた。極めつきは、金欲しさに詐欺まがいや、口で奉仕して金を取ることを生業にしていたのだ。  そんな遊馬を拾ったのが、彫龍の先代である渡來仁だった。ニューヨークのホテルで一緒に過ごし、絵画の腕を買われて日本へと連れてこられた。仁は忍の刺青の師匠でもある。  忍が仕方なさそうな顔で、パウダールームに掃除機をかけてくれるのを見て、奥の道具入れから(ほうき)を持ってきた。三の間まである色畳を掃いて、今日の予約の客人のために布団を敷く。  刺青といっても遊馬は機械彫りの練習程度で、刺し棒と呼ばれる和彫りの道具など持たせてもらったことはない。それでも忍からは「俺は八年、何もさせてもらってない」と愚痴のようなものを聞かされる。  それだけ仁の指導は厳しかったらしいが、遊馬の師匠が忍であるせいなのか、仁からきつい指導を受けたことがなかった。ただただ優しいおやじと言ったところか。 「おう、おめえら相変わらず早えぇな」  先代の彫龍仁は朝が弱い。ニューヨークにいた頃も変わらずで、朝から少しばかり機嫌が悪かった。  見上げる長身に鋭い目、盛り上がった胸筋、全身総身彫りの刺青の入った男らしい腕は遊馬にとっては目の毒だ。
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