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「わざわざ厳しい道を往くより、身近に君のしあわせは眠っていると思わないか」
「しあわせですか」
鳩が豆鉄砲を食ったように、間抜けた顔をして彼女は面を上げた。
「君はまだ若い。過去に苦い思いをした者程、しあわせになるべきではないかな。どう思う」
「どう――でしょう」
「私なら、君にふさわしい男を紹介できるのだが、どうかね」
「はあ」
鳩が鳴くように気が抜けた返事を返す。
紹介とは、つまり――この流れからいくと、見合い話を持ち出すのではなかろうか?
まさか!
小父が言っていたっけ、柊山の見合い話はいわば単なる口利きの域を超えている、と。
君も一度や二度、釣書を寄こされるのを覚悟するように、と言われたけれど、まさか!
小父には未婚を通すと、念押しして頼んでいた。絶対言い忘れないでね、と。
けど、自分のことだから。私からもきちんと筋を通さないと。
「私は二世は誰とも誓いません」
「将来有望な学者がいるのだよ。少し元気が良すぎるが、気持ちのいい男だ、きっと君も気に入る」
「気に入りません」
「うちの学校の学生だ、おそらく彼は同期の中でも一番早く出世するだろう。家柄も良い。良縁だと思うが、どうかね」
聞いちゃいないじゃないの。
「明日、学習計画を持って登校します。朝からお伺いしてよろしいですか?」
「あ、ああ、そう。8時からだが――」
「もっと早く伺えます。小学校で早起きは鍛えられていますから」
では! と彼女はぺこりと頭を下げて踵を返した。
ドアを閉める、その後ろで、柊山はなおも言っていた。
「校庭に彼がいるだろうから! 顔だけでも見ていきたまえ。気が変わったら……」
「変わりませんっ!」
拗ねたように付け足し、失礼しますと言って、柊山の元を後にする。
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