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戦時下の傷跡を随所に残す建物は、修繕もされず、そのまま使われている。
まだ去年は戦争の最中だった。私は小母とふたり、戦火の中を右往左往していた。家に火が燃え移りそうになって、必死で火を消した。
半分以上焼け落ちて、小母は泣いた。でも雨露はしのげるとふたりで泣き笑いした――
まだ1年と経っていないんだ。
重い扉を開けた建物の中は埃っぽかった。
縁台の上には、これまた埃まみれの一台のピアノがすすけていた。
ピアノ。
懐かしい。
まだ女学校に通い、犬を飼うまでは自宅で弾けたけれど……。友達に頼まれてバレエの伴奏をしたことなど、何十年も昔のようだ。
上京してこのかた、もう何年も弾いていない。
私……弾けるかしら。
足音を忍ばせ、縁台の段を踏みしめる。
椅子の埃を片手で払って、蓋を開けた。
置物として置かれていたんだろうかと思えるくらい、鍵盤はきれいだった。
ひとつ、ふたつ、みっつ。キーを叩く。音はしわがれて調子外れもいいところ。
まったく調律が入っていないピアノはみじめな存在だ。
かわいそう。
こんな所にうち捨てられて。
まるで私みたい。お仲間ね。
私が弾いてあげる。
慣らすように、指を走らせた。
ぎしぎしと軋む音が哀れで、気がついたら夢中になって弾いていた。
ピアノを習い始めの頃、山ほど弾かされた練習曲。譜面がなくても空で弾けるくらい、何度も弾いた。嫌でたまらなかったのに、まっ先に出てきた曲。不思議とするすると弾けた。
発表会で練習した曲。吐き気がするくらい弾かされた。大キライになった。けど、嫌がっていた曲が今は懐かしい。
そして、友人がレッスン曲だからと嫌がっていた、ショパンのノクターン。
いつも同じ所を間違えて、いつも同じ指摘を受ける。身構えるからなおさら間違えてしまう、と。
私は好きよ、と言ったら、踊ったことがない人にはわからないわ、と言い返された。
彼女の気持ちが今なら良くわかる。
嫌なものほど記憶に残り、身体に染みついて離れない。けど、帰り着くのは多分、散々練習してきた曲と踊りなのだ。
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