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彼女は今、何をしているのだろう。幸せに暮らしているだろうか。生きているだろうか……。
懐かしく思いながら、最後のフレーズを弾き終わって、幸子はピアノの蓋を閉めた。
「たくさん、弾いちゃった」
ため息ではなく、満足でついた一息。
ついつい調子に乗ってしまったけれど、後で怒られるかもしれない。その時は、ごめんなさいをしておこう。
名残惜しさを込めて、ピアノを撫でた。
今は埃まみれだけど、きっと昔は、黒光りして美しく気高くあったのだろう――
「また来るね」
人間の子供に語りかけるように言って、彼女はその場を後にした。
これからはどうしよう。特に用事はない。
明日に備えて準備しておこうか。
そうだ、学習計画がある。立てておかないといけないんだった。
ゆるゆると歩を進めた先は、開けた土地。いつしか、彼女は大学の校庭に立っていた。
顔だけでも見ていきなさい、とそう告げた柊山の声が耳元をよぎる。
嫌だ、その気がないのに、お見合いを勧められたお相手がいるかもしれないところにいるんだ。
回れ右しておうちに帰ろう。
そう思ったのに、目線はついつい平らな校庭を見てしまう。
別に、相手は私が誰かわかるはずもないし。
顔、見るだけならいいわよね。
四方を見て取る彼女の目には、それらしき人物は見当たらない。
人がたくさんいるからではなく、ほとんど人っ子ひとり立っていないのだから、探し人探しは単純を極めるはずなのに、いない。
ちょっと……残念?
思った彼女は、顔をふと遠くに向ける。
校庭の隅っこだった、鉄棒が高中低と行儀良く並んでいるそこに、人影があった。
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