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「知らない側からすれば驚異だわ。あなたどこの学校の子? ここは大学よ、あなたが来るようなところじゃない。早くおうちに帰りなさい」
ぴくり、と肩が動く。これは、怒りを表すものだ。
見事な運動神経を裏付けるような、派手なターンをし、振り返った相手は。
――子供……じゃない? 大人? どっちなの!
幸子は混乱した。
真正面から見つめ合う形となったふたりはお互いを凝視し合う。
少し崩れた髪はきちんと整髪をしているのを伺わせた。男性用の整髪料の香りがしたからだ。これは――かつての婚約者が使っていたのと同じ品だ。
――嫌なことを思い出す。
その考えを押しやりながら見た顔は、一見すると若く見えるが、やはり少年のような幼さはない。荒削りの稜線を纏う前の、若い青年の顔立ちだ。瞳は少し大きく、愚鈍さのかけらもない。隠せない知性が、カミソリの刃のようにこぼれて落ちる。
身体のしなやかさと知性、そして――横柄な物言い。
このアンバランスさが彼女の注意を集めるのに充分な男が目の前にいた。
本当に間近に立っていた。
彼女からは動いていない。間合いを詰めているのは彼の方だった。
まるで近視の人が、視力検査の時、少しでも良く見ようと顔を突き出す様に似ていた。
気圧されて後退る彼女に、彼は言った。
「君」
「な、何よ」
喉が渇いて掠れた声で、つい彼女はくちごたえする。
「年上に向かって『君』なんて、あなた失礼よ!」
大人の男なのはよくわかった、きっと学生ではない。横柄な物言いが許される立場の人間だ。
けれど――何というか――自分より到底年上とは見えないのだ。同じ年か少し下。せいぜい大学の最高学年か出たばかりといったところか。どっちみち彼女よりは年下だ。
その相手は言う。
「君、いい人いるの?」
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