12人が本棚に入れています
本棚に追加
「は?」
何言ってるの、この人。おかしいんじゃない?
そう言い返す前に、彼はさらに続ける。
「いいから。付き合っている人とか、許嫁、いるの?」
「そ、そんなこと、あなたに関係あって?」
ないでしょ!
気がついたら、本気で怒りかけて、幸子は言い返していた。
「いないんだね?」
覗き込む彼の目は輝いて見えた。
怒りが羞恥に変わるのは一瞬だった。
何て目で人を見るのかしら、この人。
とても楽しそうに、嬉しそうに見つめてくる。こんな風に見られたこと、夫になるはずだった彼にだってされたことない。
頬が一瞬に火照った。
――うれしい。
何考えてるの、私ったら!
とても慌てていたので、相手が他にも何か言っていたような気がしたが、全て頭の中から飛んで消えた。
残った一言は。
「いないなら、僕と付き合わない?」
火照った頬は、今度は別の感情にすり替わって紅くなった。
何なの、この人! 何て軽薄なの!! 不良?
そうよ、不良よ! 男なみーんな、不真面目でいい加減!だから私は、ひとりで生きていく覚悟を決めたのよ。
しっかりする! 幸子!
自分を奮い立たせようと、幸子は、手に持った風呂敷包みで思いっきり、目の前の男の顔をぶっ叩いた。
そしてそのまま。
相手の反応お構いなしで、駆け足で校庭を後にした。
彼だ。
きっと、いや、絶対、柊山先生が言っていた、見合いを持ちかけられた男。
何て失礼な人なの!
何が将来有望な学者になる、よ。嘘でしょ!
ちょっと顔がいいくらいの、チビで、失礼極まりない男だわ!!
帰宅する前に、辞去したばかりの柊山の研究室へ駆け込んだ。
相手の都合お構いなく、ノックして返答を聞く前にドアを開ける。幸い、室内は柊山ひとりだった。
幸子は入った勢いそのままで即答した。
「私、誰とも結婚しませんから! いいですね、ね!」
何度も念を入れ、相手の反応を待たず、入った勢いのまま出て行ってしまった。
この日のことを思い出す度、幸子は赤面する。だって、後にして思うと、大変失礼な駆け込み方だったからだ。
最初のコメントを投稿しよう!