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失礼極まりない男なのだから、記憶の片隅にでも留めたくはないのだ。けれど、余りにも印象が強すぎて忘れることができない。
賢そうな瞳、人なつこそうな表情。
いつも君の話を聞くよ、と私のことを見て尻尾を振っていた、そう、まるで。
コロのようではないか。
何てこと!
不良なのに、とっても大切なコロと結びつけてしまうだなんて。
私、どうかしてる!
「幸子ちゃん?」
目尻にたくさんの皺を刻んで、小母がこちらを見ている。
「そんなに気になるの?」
「なっ……なってないわ!」
叫ぶように言い返して、幸子ははっとする。
何故、あの男のことでこんなに感情を動かされるの?
もし――。
本当に柊山先生が紹介しようといった彼ならば。
またいくらでも会う機会があってしまうの?
イヤ? それともイヤじゃない?
わからないわ!
ひとり顔を赤くしたり、ムッとしたり。百面相のように表情を変える姪を前に、小母はただにこにこと微笑んでいる。
いつものように夕食を囲み、いつものようにがちゃがちゃと茶碗を洗う手を休めず、布巾で拭いて一つ一つ仕舞った。
おばさんが変なこと言うからいけないんだから!
幸子は校庭で見かけた、失礼な男性を忘れようとした。極力、そうすべくつとめた。
可能なら、もう二度と会うことがありませんように。柊山先生が勧めた相手ではありませんように!
小母に、見合いを進められた話をしなくてよかった、何を言われるかわかったもんじゃないもの。
けれど、彼女の思いを裏切るように、鮮やかに登場した青年の面影は彼女の中にしっかりと根を下ろしていた。そして、冷めた自分が彼女に問い掛けた。
幸子、楽しそうね。
男のことで頭の中がいっぱいなのね。結婚前でもあったかしら。少し浮かれ過ぎよ、と。
――その通りだわ。
私、何の為に柊山先生と面会したの。
学校で学んで、私が望む地位を得るためでしょう?
見合い話で動揺したり、男性のことで気をとられている場合じゃないわ。
だって、彼は、私が戦う相手かもしれないのだから。
蛇口から洗い桶に滴がぽたりと落ちた。
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