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彼女も女性としては背が低く、身長の低い順に並ぶと先頭が定位置だった彼女に、チビと言われる筋合いは、相手にはちっともないだろう。
確かに背は低い方ではあるが、平均的成人男性の標準からすると、という話で、もちろん幸子よりは全然高いのだ。
どうか、私のこと忘れていますように。
願いながら、「失礼します」と足を踏み入れた先では、沈黙を持って迎え入れられた。
他に学生らしき人影がなかったこともあるが、幸子名付けるところのチビ氏は読書の真っ最中だった。
朝は血の巡りが悪くて集中できない彼女とはまったく違い、何時間前に起きたのだろうと聞きたくなるくらいの集中力だった。
朝日を浴びて、彼の髪が光る。
きちんと撫でつけた髪からは、昨日嗅いだ整髪料の香りがしていた。
――昨日は乱れていると思ったけれど、この人、癖毛持ちなんだわ。まるでブロマイドになるような洋画か映画の俳優さんみたい。黙っているとステキなのに。
彼の邪魔をしないように末席に腰を下ろそうとした時、廊下から、床を打つ軍靴のような規則正しい足音がし、ドアが勢い良く開いた。
この部屋の主、柊山だった。
入り口近くにいた彼女に目を止めるのと、先客が席を立つのはほぼ同時だった。
「おはようございます」と口にしかけた彼女の言葉は、「あれー?」とかぶさる男の声に負けた。
「君、誰。何でここにいるの。昨日会った人でしょ」
「人差し指で、人を指さない」
静かに柊山は言う。
「あ、先生。おはようございます」
「うむ」
「いや、だって。彼女、部外者でしょう?」
「昨日、学生が増えると伝えておいただろう、今日からうちの研究室に在籍する。野原幸子君だ」
幸子はぺこりと頭を下げた。
「お前よりひとつ、いやふたつ年長だ」
「えーっ!」
思いっきり彼女を指して、彼は大声を上げる。
「君、年上だったの!」
ムッとなって幸子はつい言い返した。
「あなた、大学出てたの」
「出てるさ!」
賢そうな顔がむくれる。
――ほんと、子供みたい。
半ば呆れて彼女はツンと顔をそらした。
「君たち、知り合いになったのだね」と言う柊山の声が、愉快そうに聞こえるのが何ともシャクだった。
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