【3】 出合い

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今日は彼がモデレーターなのね。 滑舌が良い。通りも良く、話す言葉も妙にインテリぶらず、専門用語に頼らず、聞く側に傾聴させる不思議な魅力がある。 人前で話すのは難しいものだ。理解を得、相手に知識を植え込む語りは、おそらく教えられて育つものではあるまい。――気圧された。でも。聞き惚れている場合ではないわ。 彼女は手元のノートを引き寄せ、要旨を必死に書き留めた。 回りの学生も同様だった。 時折、他の学生が話に加わり、柊山も二言三言言葉を挟むが、基本的に進行は学生の自主性に任せているようだった。 幸宏主導で進む議事は、まるで彼が受け持つ授業がカリキュラム通りに進んでいくようだった。 これでも良いのかもしれない、けど、彼も他の学生ももちろん私も、対等であるはずだ。 なら。一石も二石も投じられるのよね。 残り時間もあと少しとなり、学生達の会話も途絶えた。 おそらく、ここで統括に入るところだ。 中身はとても濃い、毎日こんな感じでゼミが続くのなら、準備だけで相当の時間を食われる。負担は大変なものになるだろう。けれど、刺激は受けるけれど、それだけだ。何か物足りない。他の学生は、もうお腹いっぱいなのだろうか。 もっと食べたいと思わないの? 腹八分目でいいの? 明日のために余力を残している? いや違う。 幸宏だからだ。 モデレーターが彼だから、彼の言うことなら間違いがないと安心しているように見えてならない。 それでいいの? つまらないわ。 えんぴつを一回、指先で回す。 ふと、身体を傾げた幸宏の横顔に、不満そうな色が浮かんでいるのに気付いた。 物足らない、とその横顔は語っている。 ――あなたもそう思うのね。 「ちょっと、良いでしょうか」 幸子は手を挙げた。 ここに幸子がいたのかと、改めて気付いたような面々の視線が一斉に集まり、彼女は少し肩をすくめる。 柊山は何も語らない。 幸宏と視線を対峙させた。
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